【2021年 裏事情】おすぎとピーコがテレビから消えた本当の理由と今現在何をしているのか?

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90年代から2000年代に大活躍されていた、元祖と言われてもいい「オカマキャラ」、今では「オネエキャラ」と言われていますが当時は斬新なキャラクターでテレビでもほぼ見ない日は無いほどの人気だった、双子兄弟の「おすぎとピーコ」のお二人。

特に辛口ピーコのファッションチェックと言えばお若い方も一度は聞いたことがあるのではないのでしょうか?

センスが悪いファッションにはバッサリと「似合いません」と一刀両断する痛快さが人気でした。

「笑っていいとも!」やそのほか数々のバラエティ番組でも独特の持論を語られ引っ張りだこだった彼らですが、テレビから干されてしまった噂の理由と現在の活動を調査してみました。

おすぎとピーコが消えた、干された理由の噂とは

数多くのオネエキャラが今でも大活躍中のいまおすぎとピーコさんのお二人を近頃テレビ番組で見かけなくなり「干されてしまったのでは?」と噂されております。

どんな噂が広まっているかを調査したところ・・・

悪評が立って共演NG!?

おすぎとピーコさんが消えた理由として、ピーコさんが自分とキャラクターが似ているオネエ系キャラが大嫌いで、KABA.ちゃんに対して挨拶を無視した上に、番組途中で帰った事件があったようで、この事をピーコさんの番組最終回にゲストで呼ばれていたKABA.ちゃんに、挨拶もせずに無視した上に「あの人のせいで番組が終わっちゃったわ!」とキれて返ってしまわれたそうです。

その後、バラエティー番組でピーコさんに悪態をつかれたことをずっと恨んでいたらしく暴露し、ピーコさんの業界でのイメージが下がっていき他のオネエタレントたちから「共演NG」を出されてしまい、テレビでも採用されづらくなってしまい、徐々に仕事が無くなってしまったのではないかと噂されています。

キャラクターが被ってしまい自身の出演の機会が減ってしまうことを恐れていたのでしょうか?

マツコ・デラックスさん、ミッツ・マングローブさんやGENKINGはるな愛さん、KABA.ちゃん、など今現在活躍されているオネエタレントは見た目もインパクトがある上に好感度も高く、トークも上手で面白い方々ばかりです。

またおすぎとピーコさんは今年76歳となりますので局側としても起用する際には若くてピンで活躍されているタレントを採用したほうが扱いやすいのかもしれませんね。

美輪明宏さんが「オカマ」という言葉を嫌った?

当時は「オネエ」とは呼ばれておらず、「オカマ」と呼ばれており、おすぎとピーコさんは自身でもオカマと自称し大変気に入られてました。

そんなところに大御所の美輪明宏さんがオカマのイメージアップを図るために「オネエ」というワードを広げることに頑張られていたそうです。

その時でもおすぎとピーコさんたちはオカマという言葉を辞めませんでしたが、ピーコさんも出演されている金スマに美輪明宏さんが出演された時に「オカマ、オカマと言ってオネエの社会的地位を落としている」と発言されたそうです。

さらにニューハーフタレントのカルーセル麻紀さんとも仲が良くない状態で「オカマは侮辱的な言葉で、関西ではいまだに放送禁止用語なの。おすぎのラジオ番組でゲストに呼ばれたときに、『今日はアタシたちオカマがぁ~』なんて軽々しく言うもんだから『何がオカマだテメェ!』と怒鳴って生放送なのに帰ったんです」と後に語られています。

今の現代は特に言葉は大事にされていると思いますし、敏感にもなってきている時代と思います。

確かに「オカマ」と「オネエ」では確かに印象は変わると思います。

東京の番組が合わなくなった

またおすぎとピーコさんは今年76歳で高齢となりますので、東京でバリバリと活動されることに疲れを感じられ、のびのびと仕事のできる地方番組を好むようになり、活動場所を地方に移されたのでは?という噂もあります。

おすぎさんは「東京のテレビはひな壇の人数が多すぎる」「反応のいい人しか映らない。ローカル局の規模で丁度良い」と話されています。

おすぎとピーコさんの今現在の活動は?

現在は福岡の博多に住まわれローカル番組を中心に活動されていて、おすぎさんとピーコさんは住まいも福岡へ移住されているそうです。

仕事で福岡を訪れたときに、プロサッカークラブ アビスパ福岡 プロ野球球団 福岡ソフトバンクスホークスのファンになられたそうで気に入っておられるようです。

福岡ローカル番組にレギュラー出演をされており、福岡の他にも大阪 名古屋 静岡や北海道などを仕事で行ったり来たりと活動されておられるようですね。

干されたという噂がありましたが、実際のところは「地方へ活動拠点を移し現在も活動中」ということが明らかになりました。

東京のテレビ局には見切りをつけられたようですね。

おすぎとピーコ 死亡説も流れていた?

テレビで見かけなくなりふと検索エンジンで「おすぎとピーコ」と検索するとワードに「死亡」と出てきて死亡説がネット上では噂されていたようです。(笑)

SNSではネタで言っておられるようですが、検索エンジンに出てくるということは「そういえば、テレビで見なくなったけど亡くなってしまわれたのでは?」と考える人も少なくはないのでしょうね。

おすぎ プロフィール

  • 本名:杉浦孝昭(すぎうら たかあき)
  • 生年月日:1945年1月18日
  • 血液型:A型
  • 出身地:神奈川県横浜市
  • 出身校:横浜市立桜丘高校 阿佐ヶ谷美術専門学校
  • 趣味:料理 陶芸 スキー
  • 特記事項:兄はピーコ
  • 所属事務所:プラムフリークス

 

  • 父親は鉄工場を経営。
  • 姉が2人、兄(一卵性双生児、ピーコ)がいる。
  • 料理が得意な両親の影響で自然に魚のおろしかたなどを身につけた。
  • 父親は仕出し弁当屋の息子、母親は鰻職人の娘。
  • 両親は芸事好きだった。
  • 家に本、音楽、映画、歌舞伎、落語、新内などさまざまな文化があふれていた。
  • 父親がアメリカ映画、母親が日本映画に連れて行ってくれた。
  • 小学校に入る頃には字幕スーパーが読めた。
  • 子供の頃、おやつは母親の手作りだった。駄菓子は禁止だった。
  • 子供の頃から姉と一緒に女の子と遊んでいた。女の子言葉で話していた。
  • 母親に男の子遊び(ベーゴマ、チャンバラなど)は危ないからと禁じられていた。
  • 仲良くなったお金持ちの家に遊びに行って好きな本を読んで好きなオモチャで遊んだ。
  • 小学校入学前に既に男が好きだという自覚があった。男の子にキスをしていた。
  • 勉強はおすぎよりピーコの方ができた。

 

2021年2月にYoutubeチャンネルを始められており、映画を紹介したり数分のトーク動画を上げられております。

 

おすぎさんの現在 嘉麻市観光文化大使に就任され活動中

あるラジオ番組でのコメントがキッカケで嘉麻市(かまし)とおすぎさんの交流が始まり、福岡県嘉麻市の観光文化大使としても活動することになったおすぎさん。

「かましは何で私を呼ばないのよ!」

TVでお馴染みの映画評論家おすぎさんの、あるラジオ番組でのコメントがきっかけで、おすぎさんと親交のあった嘉麻市出身のタレント、原田らぶ子さんを通じて、平成22年10月に開催された第3回嘉麻ふれあいまつりに出演していただいたのがおすぎさんと嘉麻市とのなれそめ。

これを機会に、おすぎさんと原田らぶ子さんに対外的に嘉麻市をPRしてもらおうと、平成23年11月の第4回嘉麻ふれあいまつりで嘉麻市観光文化大使に就任していただきました。

お二人には、これからもいろんな場所やメディアで嘉麻市のすばらしさを全国的に伝えていただきたいと思っています。

引用元:嘉麻市観光ポータル

「かましは何で私を呼ばないのよ!」というラジオ番組での発言がキッカケで交流が始まったようですね。

平成23年嘉麻ふれあいまつりの東日本大震災チャリティーイベントの一環で、観光文化大使のおすぎさんと原田らぶ子さんの考案した釜めしを販売したところ、二日間で1,000食を完売しました。

この人気の釜めしを商品化しようと、市民の有志からなる検討委員会、通称「カマダス。」を立ち上げ約10ヶ月間に渡り、試食や検討会を重ねてきました。
今回、ようやく商品化にたどり着き、「嘉麻の釜めしの素」として、平成24年10月7日より道の駅うすいと嘉麻市フェスタ(大丸福岡天神店エルガーラ・パサージュ広場)にて発売を開始いたしました。

具材については、ゴボウ、ニンジン、ぎんなん、ひらたけの他、嘉麻市の特産品である嘉穂牛がぎゅぎゅっと詰まり、味付けはすき焼き風、隠し味にりんごの果汁を加えています。

引用元:嘉麻市観光ポータル

ラジオパーソナリティの原田らぶ子さんとおすぎさんをイメージキャラクターとした嘉麻市特産の嘉穂牛をたっぷり詰め込んだ「嘉麻の釜めしの素」も販売中です。

 

嘉麻市合併10周年記念式典(3月27日 日曜日)

3月27日、「嘉麻市合併10周年記念式典」がサルビアパークて開催されました。式典は、嘉麻市観光文化大使の原田らぶ子さんの司会のもと厳粛に執り行われました。

また、嘉麻市民特別表彰(個人・団体)の授賞式が行われました。個人表彰者は、日本放送協会会長の籾井勝人さん、将棋棋士の加藤一二三さん、俳優の瀬戸康史さん、

嘉麻市観光文化大使のおすぎさんの4人が、団体表彰は、元気にさかせ隊、NPO法人水土里農えにし牛隈交通公園を美しくする会、遠賀川源流の森づくり推進会議、福岡県指定無形民俗文化財「山野の楽」保存会琴平グリーンクラブの6団体が受賞されました。

授賞式の最後にはサプライズで、原田らぶ子さんに市長から感謝状が渡されました。

オープニングセレモニーは、稲築志耕館高校 郷土芸能部による和太鼓の演奏と射手引神社の獅子舞が行われました。

引用元:嘉麻市公式ページ

嘉麻市合併10周年記念式典といった行事にもおすぎさんは呼ばれるほど、地元民から認知されすっかり馴染まれているようですね。

ピーコ プロフィール

 

  • 本名:杉浦 克昭 (すぎうら かつあき)
  • 生年月日:1945年1月18日
  • 血液型:A型
  • 出身地:神奈川県横浜市保土ケ谷区
  • 出身校:文化服装学院
  • 趣味:音楽観賞 観劇 バレエ観賞 読書 シャンソン
  • 特記事項:弟はおすぎ
  • ピーコの名は、サンヨーレインコート時代の倉庫での作業時のお喋りが多く、「ピーピーうるさいぞピーコ!!」と言われたのがきっかけ。

 

  • 好きな食べ物:ブリオッシュ、チキン、かまぼこ、フランス料理。
  • 嫌いな食べ物:ホヤ、スモークサーモン
  • 好きな酒はシャンパン(ドンペリを常に冷蔵庫に入れてある)。蕎麦ちょこで日本酒の熱燗を飲む。
  • 左右に動く高性能の義眼を使用。毎朝取り外して義眼を洗浄する。
  • 肌がスベスベになるタオル「キビソ肌友だち」を愛用。
  • 朝5:30に目が覚める。
  • バカラのグラスを愛用。歯を磨く時も使う。
  • 電化製品の操作が苦手。
  • 高所恐怖症。
  • 雨の日曜日が好き。
  • 常に約3冊の本を同時に読む。ベストセラーはだいたい購入する。
  • 歩くのが速い。
  • 表参道から日本橋まで歩く事がある。
  • 携帯電話を持っていない
  • シャンソンを習った事がある。
  • 下の姉は脊髄カリスエで体が不自由。
  • 口ずさもうとした歌をおすぎが口ずさむ事がある。
  • おすぎと私生活で仲が良く月に3回一緒に食事する。
  • 給料13000円の20歳の頃から、おすぎと一緒に高いフランス料理を食べて帝国ホテルのバーに通っていた。
  • 昔から人の世話をするのが好き。
  • 恋愛はほとんどプラトニック。
  • 好きな人が出来ると着て貰いたい服を全部買ってあげる(年間数百万かかる)。
  • 不倫はしたくない。

 

ピーコさんの義眼

1989年44歳のときに皮膚癌の一種 マリグナント・メラノーマ(悪性黒色腫)という日本では1年間で10万人に1~2人が発症すると言われている珍しい悪性の癌を診断として受けてしまいます。

予後が非常に悪性度の高い癌のひとつで、転移すると5年生存率は10%と大変に恐ろしい癌です。

厚生労働省の調査によると、2014年の日本における悪性黒色腫の患者さんの数は約4,000人でした。悪性黒色腫患者の男女比は、男性患者が47%、女性患者が53%とほぼ同じです。50歳代から増加し、60歳代、70歳代に最も多く発症します。また、発症数は少ないものの20~30歳代にもみられます。

引用元:がん免疫.jp

診断を受けたピーコさんが左眼を摘出することになり、義眼を挿入しました。

義眼を挿入されてからピーコさんのトレードマークでもある黄色いレンズの眼鏡をかけるようになりました。

癌を患ったことで「他人に優しい性格になれたし、人生の視野が広がった。癌になったことに感謝している」とコメントされています。

現在も義眼生活を送っているピーコさんですが、傷口に合わせて義眼を作成するため、傷口の形が変わるたびに新しい義眼を作らなければならないようで、当時は保険が認められておらず、義眼をひとつ作るのに30万円もの費用が必要だったそうです。(今では保険適用が認められ10万円ほどで作れるようです)

これまでに35個の義眼を作ったと語られ、術後1年は傷口が変化していくため、年間20個の義眼を作成したそうです。

芸能界で働いているといってもかなり痛い出費だったでしょうね。

そこで永六輔さんや黒柳徹子さんたちがピーコさんに義眼をプレゼントする会”おしゃれ目の会”を結成していただき、1口1万円で300人の方が寄付してくれたと、後のインタビューで語っていました。

このことがきっかけで公共広告機構「アイバンク」のCMにも出演されました。

ピーコ 過去の禁断の恋の相手N氏は野村宏伸?

2018年の「爆報!THE フライデー」にて野村宏伸さんのことを恋心として好きだったことを告白され29年振りに再会したことで涙を流されました。

1987年に番組収録で野村さんと出会ったピーコさんは野村さんと連絡先を交換して食事に誘ったそうで「会って話してたら、とてもやさしくてすてきな人で、ただ、ぼーっとして顔を見てた」と一目惚れされたようですね。

週1回には食事をごちそうしたり、洋服をプレゼントしたりとデートを重ねるうちに「彼に触れるだけで、私は元気をもらえた」と話されていました。

また、ローカル番組では好きだった人について語った際に数百万をも貢いで野村さんが売れるようにと芸能界の人脈を紹介していたとも・・・。

そんな仲でも幸せだったピーコさんは癌を患ってしまい入院することになりました。

入院中に野村さんから写真を1枚もらい、その写真を支えに手術は無事に成功して乗り越えられたそうですが、この手術をきっかけに心境の変化が生まれ「野村さんがいなくても生きていけるようにならなくちゃ」と想いを抑え、身を引いたことを語られました。

その後にサプライズで野村さんが登場されました。

野村さんは当時を振り返り「お見舞いに行かなくちゃとは思ってはいたけれど、なかなか行けなくて、そこから疎遠になってしまっていた」とコメントされていました。

ピーコさんは涙ながらに「どこで何をしているか分からないから、会いにいけなかった。野村くんと再会できて、嬉しいことは嬉しい」と29年振りの再会に頬を濡らされました。

当時、野村さんは金銭トラブルを抱えていたこともあり、もしかしたら金づるとして利用されただけでは?という噂もありますが、涙を流されていたところを見るとそんなことはどうでもいいのでしょうね。

ピーコ 手つなぎデートの真相とは

2015年5月26日に30代男性と手をつないでデートしているところをスクープされました。

ピーコさんは「不本意ながら怪しい関係ではないです。アタシも70歳を過ぎて、一人でご飯を食べるのが辛い。だから一緒に食事してくれる友達を作ったというだけ。アタシより年下で、もう介護みたいなもんなのよ!介護されているように見えるでしょ?」とコメントされた後に「これからも手つなぎデートを見かけることがあると思うけど気にしないでね。」とコメントされていました。

ピーコ 霊感?左眼を失い何かが見えるように

ピーコさんは高校を卒業するくらいに霊感があったと言われていますが、左眼の摘出手術を受けてから見えないものが見えるようになり、「人ではない何かが見える」「後頭部あたりで霊と会話ができる」とテレビで発言されております。

手相タレント・島田秀平が語るところによると、エジプト展を見に行ったピーコさんが(展示されていたミイラなどの感情を読み取ってしまい) 号泣してしまったことがあったり、また住んでいたマンションの家鳴りがやまない、誰もいない隣室から騒音が聞こえたり、目を覚ますと部屋中がこけしの形をした幽霊で埋め尽くされていたりしたこともあったとか。さらに、東野幸治に憑いていた女性の霊を除霊したこともあるなど、左眼を失ってから鋭い霊感に目覚められたそうです。

まとめ

今でいうオネエキャラの元祖といってもいいお二人です。

これからも末永く体調には気をつけられ活躍してほしいですね。

今現在76歳だったことに驚きました。全然お若く見えますね(笑)

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